「本人の同意なし」でAI開発に使える時代へ——改正個人情報保護法が本日成立、その中身と誤解
2026年7月10日に成立した改正個人情報保護法を解説。AI開発を後押しする「同意不要」の特例の条件や「課徴金制度」による規制強化など、データ活用と個人情報保護の両面における実務への影響と、今企業が取り組むべき準備を整理します。

2026年7月10日午前、改正個人情報保護法が参議院本会議で可決、成立した。与党と国民民主党、チームみらいなどの賛成多数によるもので、立憲民主、公明、参政、共産の各党などは、個人の権利利益への懸念などを理由に反対した。
SNSでは早くも「個人情報が抜き放題になる」といった言葉が飛び交っている。だが、結論から言えばそれは正確ではない。
今回の改正は、AI開発を含むデータ活用を後押しする「アクセル」と、不適正な利用や悪用への「ブレーキ」を同時に踏む構造になっている。何が変わり、何が変わらないのか。一次情報である法律案と国会審議の経過から整理する。
何が決まったのか——「同意不要」の特例
改正の大きな柱の一つが、「統計作成等」を目的とする個人情報の利用について、一定の条件の下で本人同意を不要とする特例の新設だ。
ここでいう「統計作成等」には、大量の情報を解析し、個人に関する情報ではない形で集団の傾向や性質を示す情報を作成する行為が含まれ、一定のAI開発も対象となり得る。
具体的には、統計作成等を目的とする場合に、公開されている要配慮個人情報の取得や、個人データ等の第三者提供を本人同意なしで行える特例が設けられた。対象となる具体的な範囲は、今後、個人情報保護委員会規則などで定められる。
これまで、生成AIの学習データ収集は個人情報保護法との間に緊張を抱えてきた。大規模言語モデルの事前学習ではウェブ上のテキストを大量に収集するが、そこには個人が公開したブログの闘病記録やSNS上の信条など、機微性の高い情報が含まれる可能性がある。
大規模なデータ収集で一人ひとりから事前に同意を得ることは現実的に困難であり、国内のAI研究開発を阻害しかねないと指摘されてきた。今回の特例は、この構造的な矛盾に立法で答えを出したものだ。
「抜き放題」ではない——3つの担保措置と対象の限定
ただし、この特例は無条件ではない。利用目的は統計作成等に限定され、担保措置として(1)一定事項の公表、(2)提供元・提供先間の書面による合意、(3)統計作成等の範囲を超えた利用および制度上認められた場合を除く第三者提供の禁止が課される。
「AI開発のため」と説明すれば個人情報を自由に取得・利用・販売できる制度ではなく、条件を外れた利用はこの特例では認められない。
もうひとつ重要なのは、同意なしで取得できるのは原則として現に公開されている要配慮個人情報だという点だ。病院が保有する非公開のカルテや、企業が保有する非公開の顧客情報を、AI開発を理由に外部の事業者が自由に取得できるようになるわけではない。
さらに、同じ改正法には真逆の方向の強化策も盛り込まれた。一定の重大な違法行為によって財産上の利益を得た事業者などに対し、個人情報保護委員会が課徴金の納付を命じる制度の新設である。
これまで個情法の制裁は是正命令と命令違反への刑事罰が中心で、違反で利益を得た事業者への金銭的制裁の欠如が「やり得」と指摘されてきた。規制緩和と執行強化のセット——これが今回の改正の正確な全体像だ。
それでも残る論点——要配慮個人情報の扱い
一方で、「懸念は誇張だ」と片付けるのもフェアではない。
特例の対象には、人種、信条、病歴、犯罪歴などを含む要配慮個人情報が含まれ得る。対象は公開されている情報に限られるとはいえ、公開したからといって、本人がAIの学習や大規模なデータ分析への利用まで想定しているとは限らない。
この点について一部野党は要配慮個人情報を特例の対象から除外することなどを求め、成立当日まで賛否が割れた最大の論点となった。
「統計作成等に該当するAI開発であれば、公開されている病歴などの情報を、条件付きで本人同意なく取得できる」——この線引きを社会としてどこまで許容するのか。対象となるAI開発の範囲、公表すべき事項、安全管理の方法など、実務上重要な線引きの多くは今後の委員会規則やガイドラインに委ねられており、法律の成立で議論が終わったわけではない。
企業が今日から考えるべきこと
改正法は一部の規定を除き、公布の日から起算して2年を超えない範囲で、政令が定める日に施行される。つまり「今日から取扱いが変わる」わけではないが、準備期間は今日から始まっている。実務目線でのポイントは3つだ。
1. 「入れていい情報」の社内ルールは、まだ変えない。
新たな特例は現時点では施行されておらず、対象範囲も規則・ガイドライン待ちだ。現行法下では、生成AIへの個人情報入力に関する個人情報保護委員会の従来の注意事項と、各社の現行ルールがそのまま生きている。「法律が変わったから入力してもよい」と判断するのは早い。
2. データの「棚卸し」は今から始める。
自社がどんな個人情報を保有し、取得時にどんな利用目的を示し、要配慮個人情報が含まれているか。この整理は施行を待たずに始められる。ただし今回の改正で、自社の顧客データを自由に目的変更してAI開発に使えるようになるわけではない。
まず必要なのは「どのデータをAIに使えるか」を決めることではなく、持っている情報の種類・取得目的・管理状況を把握することだ。施行時に動ける会社と動けない会社の差は、この地味な整理で決まる。
3. 課徴金時代への備えは待ったなし。
規制緩和ばかりが注目されがちだが、重大な違法取扱いへの金銭的制裁も同時に入る。不適正な第三者提供や、認められた目的を超えた利用で利益を得れば、課徴金の対象となる可能性がある。
生成AIへのデータ入力ルール、外部提供の手続き、利用目的の管理、従業員教育。こうした体制整備は、AIを攻めに使うためだけでなく、会社を守るためにも急務だ。
データを活かす自由と、個人を守る責任。その両方が一段ずつ重くなったのが今日という日だ。「抜き放題」でも「規制強化一色」でもない。この解像度で今日のニュースを受け止め、規則やガイドラインの動きを注視しておくことが、2年後のスタートラインで効いてくる。
事実表
1. 改正個人情報保護法は2026年7月10日午前、参議院本会議で可決・成立
2. 賛成:与党、国民民主党、チームみらい等/反対:立憲民主、公明、参政、共産等
3. 「統計作成等」(一定のAI開発を含む)を目的とする場合に、公開されている要配慮個人情報の取得や個人データ等の第三者提供を本人同意なしで行える特例を新設
4. 特例の対象には人種、信条、病歴、犯罪歴などの要配慮個人情報も含まれ得るため、一部野党は除外を要求
5. 担保措置:一定事項の公表、提供元・提供先間の書面合意、統計作成等の範囲を超えた利用および制度上認められた場合を除く第三者提供の禁止
6. 一定の重大な違法取扱いで財産上の利益を得た場合等を対象に、個人情報保護委員会が課徴金納付を命じる制度を新設
7. 改正法は一部を除き公布後2年を超えない範囲で政令の定める日に施行。具体的運用は委員会規則・ガイドラインで定める
8. 法律案は2026年4月7日に閣議決定され、第221回特別国会に提出。参議院デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員会では7月8日に可決
出典
一次情報:
個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案』の閣議決定について」(令和8年4月7日)
https://www.ppc.go.jp/news/press/2026/260407/
※法律案要綱・法律案本文・新旧対照条文・概要資料を含む
参議院 議案情報「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」(第221回国会)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/221/meisai/m221080221054.htm
衆議院 議案情報「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」(第221回国会 閣法第54号)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DE26F2.htm
報道:
時事通信「個人情報、AI開発へ規制緩和 改正法成立、データ活用促進」(2026年7月10日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026071000131&g=pol
NHK「個人情報保護法改正案 参議院特別委員会で可決」(2026年7月8日)



