AIの相棒「rheo(レオ)」開発秘話と展示会で直面したリアルな課題
AI展示会への出展と新プロダクト「rheo(レオ)」の開発プロセスから得た、AI時代におけるものづくりのあり方とUIデザインの葛藤、人間のクラフトマンシップが持つ価値を現役エンジニアが紐解きます。

はじめに
本題の前に、少しだけ自己紹介させてください。
僕は、普段エンジニアとしてプロダクト開発に関わりつつ、プリセールスとしてお客様との商談にも出ています。大学ではデザインを学んでいたので、その視点も混ぜながら、ビジネスとテクノロジーの間をつなぐようなものづくりを心がけています。
今回の記事は、そんな僕が先日、AI展示会に「出展する側」として参加してきたレポートです。
会場はものすごい熱気でした。ただ、空き時間に他のブースを見て回って、正直に思ったのは、「似たようなプロダクトが多いな」ということ。世の中全体が「AIとどう付き合うか」の正解をまだ見つけられていなくて、とりあえずトレンドを追いかけている状態なのかもしれません。
理想は「ジャービス」のようなAI
そんな空気感もあって、僕らが今回展示したプロダクト「rheo(レオ)」を作るときは、機能やスペックの話から入るのをやめました。
最初にやったのは、上司とイメージをすり合わせる作業です。エクセルや企画書ではなく、僕が持ち寄った数枚の画像を一緒に眺めるところから始めました。光の粒が集まったり流れたりする、抽象的なビジュアルです。
それを見ながら「理想とするAIってなんだろう?」と話して、最終的に二人の間に残ったのが、映画『アイアンマン』に出てくる「ジャービス」のイメージでした。便利な道具ではなく、一緒に考えて伴走してくれる相棒のような存在。そこをスタート地点にしました。

「rheo」というロゴに込めたもの
ジャービスのような相棒を、どうやって目に見えるロゴに落とし込むか。ここからの作業は地味です。
ホワイトボードに「未知」「クリエイティブ」「感情」「無機質じゃないサービス」と書き出しながら、参考になるビジュアルを集めました。
『Dune/砂の惑星』のミステリアスな世界観、ダイソンの削ぎ落とされた機能美。「先進的だけど親しみがある」を行き来しながら、少しずつ要素を削っていきました。

辿り着いたのが「rheo(レオ)」という幾何学的なロゴです。
ギリシャ語で「流れ」を意味する単語ですが、Real-time Heuristic Enterprise Optimizer の略でもあります。
やりたかったことはシンプルで、硬直化した業務システムを、ユーザーがAIと対話するだけで画面がその場で組み変わっていくような体験に置き換えること。「流れるように使えるAI」を、そのまま名前にしました。
ロゴ自体は、r から h へと続く滑らかなカーブと、o の完全な円で構成しています。導入のしやすさと、その下にある技術の堅さ。両方を表現したつもりです。
ただ、それだけだと整いすぎて冷たく見えてしまう。なので、e のクロスバーだけあえて斜めにしました。規則的な造形のなかに、人間っぽい揺らぎを少しだけ残したかったからです。

展示会で見えた「わかりやすさ」への渇望
このロゴを掲げてブースに立ち、来場者の方々と直接話してみて、はっきり感じたことがあります。
それは、みんなが本当に求めているのは「わかりやすいイノベーション」だということです。
会場には「複数のAIエージェントが連携して」「AI駆動開発による」といった高度なキーワードが並んでいました。ただ、現場のお客さんと話していると、その手前で止まっている方がほとんどでした。技術の凄さよりも、「結局、私の仕事はどう楽になるの?」という問いの答えを探しに来ている。そんな印象でした。
そしてここで、僕ら自身も大きな課題を突きつけられました。
「rheo」は、これまでにないUI体験を目指して作ったプロダクトです。名前も、特定の機能に縛られないよう、わざと抽象度を高くしました。その結果、展示会という「数秒で目を引かないといけない場」では、このプロダクトが何者なのかをパッと伝えるのが、本当に難しかったです。
未知に振り切ったがゆえに、一言で説明できないものを作ってしまった。ミニマリズムを追求した結果ぶつかったこのジレンマは、これからAIプロダクトを世の中に出していくうえで、向き合わなければいけない明確な宿題になりました。
「AIなし」が価値になる日
今回の展示会と、自分たちでプロダクトを作るプロセスを通して、最近になって思っていることがあります。
「AIがすべてを代替する」という世間のシナリオに、僕はそこまでワクワクしきれていない、ということです。
全部をAIがやってくれるのは便利ですが、最終的な意思決定まで自分の手から離したいかと言うと、そうではありません。AIの進化はどこかで緩やかになるはずで、それは技術の限界というより、僕たち自身が「ここから先は自分でやりたい」と、ブレーキを踏むからじゃないか、と感じています。
ここにきて僕の思いは、『AIはすべてを明け渡す相手ではなく、人間の意思を加速させる相棒であってほしい』です。そう考えると、これからのものづくりでは「AIなしでも作れるけれど、あえてAIを使いこなしている」という、人間側のクラフトマンシップが逆にブランドになっていくのかもしれません。
完璧なシステムの中に、あえて人間らしさとして残した、rheoの傾いた e。 そんな遊び心は持ち続けたまま、これからも相棒としてのAIを作っていきたいと考えています。



