AIをフル稼働させる人ほど陥る「脳のエネルギー切れ」を防ぐ、たった一つの地味な習慣
AIを複数同時に回す「並列運転」で脳を疲弊させた筆者の体験談。タスク切り替えの脳コストやインキュベーション効果の観点から、あえて「手書き」を挟みAIと「直列」で向き合うことで、思考の深さと健康的なパフォーマンスを取り戻した方法を解説します。

僕は普段、ITの提案からPM、設計・コーディング、デザインまで、かなり幅広い仕事を任せていただいてます。そして、そのすべての場面でAIを使っています。
並列運転
一時期の僕の机は、左の画面でAIに提案書の骨子を書かせ、右の画面では別のAIにコードを書かせる。もう一台には調べ物を投げて、上がってきた要約を自分でレビューする。複数のAIを同時に走らせる「並列運転」。このような感じでした。
最初は確かに機能していました。一人で三人分の仕事をしている感覚。あのとき、「AIって最強の効率強化じゃん!」なんて思っていました。
問題は、それが続かなかったことです。
とにかく疲れる。頭が情報を受け付けない。とくに記憶力がひどくて、その日に会った商談相手の名前が思い出せないこともしばしば。
また、1時間程度で一定量のアウトプットが出ないと焦ってしまって、本来なら時間をかけてじっくりすべき仕事でも、腰を据えて取り組めなくなっていました。
一番きつかったのが、メンバーがAIで作った成果物のレビューです。膨大な情報から生まれたアウトプットを一つずつ確かめる作業で、疲労は完全にピークに達しました。夕方には甘いものが無性に食べたくなって、頭はずっとぼーっとしている。そんな毎日でした。
これはまずい。そう思って、僕は「並列」をやめてみることにしたのです。
先に、正直な留保を
念のため言っておきます。並列がいつでも悪、という話ではありません。
単純な作業を回すとき、締切前に手数で押し切るとき、並列は今でも強いです。実際、僕の周りにも複数タスクを苦もなくさばく人はいます。だからこれは「万人の法則」ではなく、“考える仕事”を並列に積みすぎた僕という一人の話です。
そのうえで、ここからは僕自身のケースに絞って整理します。結論から言えば、並列を積みすぎた時期の僕は、明らかにパフォーマンスを落としていました。以下は、その原因をひとつずつ切り分けていった記録です。
「待ち時間」を埋めるための並列
そもそも、人間が複数のことを文字どおり同時に処理できないことは、僕も知っていました。
それでも並列をやめられなかった理由は、はっきりしています。AIの生成を待つ“空き時間”が、もったいなかったんです。
片方のAIが出力しているあいだ、手が空く。その数十秒から数分が惜しくて、別のAIに次のタスクを投げる。要するに、待ち時間を潰すための並列でした。
ところが脳の側から見ると、これは分の悪い取引だったようです。別の作業に戻るたび、脳は前頭前野を“再起動”し、そのつど燃料(グルコース)を燃やす。待ち時間の数分を節約するつもりで、僕は切り替えコストを延々と払い続けていたわけです。
これで、夕方の甘いもの欲も説明がつきました。あれは根性不足でも体質でもなく、脳のエネルギー切れのサインだったんじゃないか、と。
集中の話でよく引かれるデータもあります。人が画面上のひとつの対象に集中できる時間は年々短くなり、いまや平均1分を切るという研究(グロリア・マーク教授)。しかも一度中断されると、元の集中に戻るまで20分以上かかるとも言われます。
つまり並列運転とは、この“中断”を自分で連発している状態です。待ち時間を埋めていたつもりで、実は自分の集中を、自分で壊し続けていた。
皮肉だったのは、その「待ち時間」こそ、脳がいちばん仕事をする余白だったかもしれない、ということです。問題を一旦手放したあとに解決率が上がるインキュベーション効果は、複数の研究をまとめたメタ分析でも確認されています。
ただし条件があって、その空き時間を別の負荷の高い作業で埋めると、効果は縮むとも報告されている。何もせずその話題をぼんやり反芻しているあいだ、脳の“デフォルト・モード・ネットワーク”が情報を裏で整理してくれる——そう考えると、僕は勝手に整理が進むはずの余白を、わざわざ別のAIタスクで塗り潰していたことになります。
それでも脳には、勝てるリズムがある
ここで絶望しなくていいのは、脳には“合わせにいける”リズムがあるからです。
人間の集中力は、およそ90分を一つの波として上下すると言われます。深く潜れるのは1日にせいぜい2〜3回。その合間には、スマホも見ない“本当の休息”が要る。
つまり、脳と戦って出力を絞り出すんじゃなく、脳のリズムに合わせにいく。90分、一つのことに深く潜って、休む。これが、焼き切れない働き方の背骨でした。
日本の解剖学者・養老孟司さんは、意識(脳)を優先しすぎて身体を置き去りにする現代を「脳化社会」と呼びました。AIで思考を加速させるほど、僕らは身体という土台から浮き上がっていくのかもしれない。並列運転は、その浮き上がりを一気に加速させるアクセルだったんだと思います。
僕が戻ってきた、一つの習慣
いわゆるデトックスや読書も試して、どれも効きました。でもいちばん効いたのはもっともっと地味な、これ一つです。
AIに投げる前に、まずノートに手で書く。
いきなりAIに丸投げせず、自分の頭で考えたことを、先にノートへ書き出す。ペンで書くと、脳のスピードが物理的に落ちます。字を書く速さ以上には、考えを先に進められないからです。この“遅さ”がちょうどよく効きました。
書いているうちに、論点が勝手に整理されていきます。「本当に聞きたいのはこれか」「前提がずれてるな」——手が止まるたびに、思考が固まっていく。そして、その固まった塊だけをAIに渡す。
すると、AIとの関係がまるごと変わりました。以前のAIは「考える作業ごと肩代わりしてくれる代行者」でした。いまのAIは「僕が出した仮説に打ち返してくれる壁打ち相手」です。考えること自体を手放さないことで、 AIは加速装置から格下げして相棒にした。そんな感じです。
手書きに戻したことで、皮肉なことに、AIの使い方がいちばん上手くなった気がします。
並列の速さより、直列の深さ
結果、はっきり変わったのは体感です。自己コントロールが手元に戻ってきた。 以前は夕方に燃え尽きていたのが、いまは定時までちゃんと走り切れる。
その瞬間だけを切り取れば、並列のほうが速かったかもしれません。でも一日や一週間という長さで見れば、直列のほうが確実に前へ進んでいます。
AIは、人の何時間ぶんもの仕事を一瞬で片付けてくれる、すごい相棒です。だからこそ、その速さに脳をむりやり合わせにいくと、僕らのほうが先にやられてしまいます。
僕がたどり着いた答えはシンプル、「AIは、思考を明け渡す相手じゃなく、自分の意思を深めるための相棒であってほしい」というものです。
そのためにまず整えるべきは、たぶんAIの性能じゃなくて、僕たち自身のコンディションなんだと思います。手書きのノート一冊から、僕はそれを取り戻しました。
余談:この記事も、まず手書きのメモで骨子を固めてから、AIに“直列”で壁打ちして書き上げました。
参考にした主な概念・出典
注意持続時間の短縮/中断からの回復:グロリア・マーク『Attention Span』(2023年)。
インキュベーション効果:Sio & Ormerod (2009)「Does incubation enhance problem solving? A meta-analytic review」(Psychological Bulletin)。問題を一旦脇に置くと解決率が上がる一方、休息中に高負荷タスクを挟むと効果が縮む。
デフォルト・モード・ネットワーク/拡散モード思考:安静時に活性化する脳内ネットワークによる記憶統合の研究、およびBarbara Oakleyによる「集中モード/拡散モード」の解説。
脳化社会:養老孟司『唯脳論』(1989年)ほか。



